人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章I節4:恐怖は神の力を奪うことができるという知覚から生じる

All fear is ultimately reducible to the basic misperception that you have the ability to usurp the power of God.

Of course, you neither can nor have been able to do this.

Here is the real basis for your escape from fear.

The escape is brought about by your acceptance of the Atonement, which enables you to realize that your errors never really occurred.

Only after the deep sleep fell upon Adam could he experience nightmares.

If a light is suddenly turned on while someone is dreaming a fearful dream, he may initially interpret the light itself as part of his dream and be afraid of it.

However, when he awakens, the light is correctly perceived as the release from the dream, which is then no longer accorded reality.

This release does not depend on illusions.

The knowledge that illuminates not only sets you free, but also shows you clearly that you are free.

「恐れ」はさまざまな形で現れますが、「コース」では、すべては誤った知覚から生じたものだということが示されています。すなわち、神の力を奪うことができるとか、最初の段落にあったように、自分自身も含めた神の創造物を歪曲できるというのが誤った知覚です。

もし、神の力を奪うことも、神の創造物を歪曲することもできないと確信できたら、すべては完全なままで変わることがないのですから、確かに恐れがなくなると想像ができます。少しでも恐れがあるなら、まだ確信に至っていないことですね。

“The escape is brought about by your acceptance of the Atonement”

恐怖からの脱出は贖罪を認めることです。贖罪は、「コース」では罪を贖うことではなく、上記の誤った知覚を知り、認めることです。そこからすべての恐怖が生まれ、分離の幻想が生まれたことを。神の創造を歪曲したり神の力を奪うことができなければ、分離は起こり得ないことで、だから、”which enables you to realize that your errors never really occurred.”で、過ちは実際には起こらなかった、分離は起きなかったと気づかされるのです。

それなのに、恐れを経験するように感じるのは、「悪夢」を見ているからです。

眠っているときに突然明かりがつくとか、大きな音がするとかしたとき、夢の中で何か恐いことが起きたように感じてびっくりしたあまり目が覚めるという経験ありますよね。夢の中では、別のものに感じられる。マインドが作り上げたものです。

しかし、いったん目が覚めたなら、何も恐ろしいものがないことが分かります。光によって、恐怖(夢)から脱出したことに気づきます。また、夢の中では、ときに、真実を照らす光が恐怖に感じられることも暗示されています。しかし、この光は、わたしたちを幻想から解放し、自由であることを示すものだと言っています。

 

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