人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章I節3:分離したという夢からまだ覚めていない

The Garden of Eden, or the pre-separation condition, was a state of mind in which nothing was needed.

When Adam listened to the ‘lies of the serpent’, all he heard was untruth.

You do not have to continue to believe what is not true unless you choose to do so.

All that can literally disappear in the twinkling of an eye because it is merely a misperception.

What is seen in dreams seems to be very real.

Yet the Bible says that a deep sleep fell upon Adam, and nowhere is there reference to his waking up.

The world has not yet experienced any comprehensive reawakening or rebirth.

Such a rebirth is impossible as long as you continue to project or miscreate.

It still remains within you, however, to extend as God extended His Spirit to you.

In reality this is your only choice, because your free will was given you for your joy in creating the perfect.

「エデンの園」は、マインドが何も必要としない状態であった分離する前のときです。分離の前は、欠乏が存在しなかったことが指摘されています。 だから何か欠けたものがあるという話は、すべて虚偽で、真実ではありません。 真実でないから、一瞬にして(in the twinkling of an eye)消滅しうるのです。虚偽(lies)、誤った知覚(misperception)、夢(dream)は同義語として扱われています。

キリスト教徒でなくても、旧約聖書にあるアダムとイブの話はご存じですよね。キリスト教の解釈では、神の指示にそむき、蛇にそそのかされて知恵の木の実を食べてしまったアダムとイブは、神の怒りをかって楽園から追放されるというもので、人間の原罪を説きます。この罪は、アダムとイブの子孫に引き継がれ、人間ならば生まれたときからこの罪を負っているいるという思想です。

そして、この原罪から解き放たれるには、イエス・キリストを救世主として崇めることによってのみ可能だということなのですが、「コース」では、そんなことはすべて虚偽だと言っているんですね。“You do not have to continue to believe what is not true unless you choose to do so” の意味がここで生きてきます。真実でないことを信じるか信じないかは選択であると。

聖書には、アダムが深い眠りに落ちてから、神がそのあばら骨の一本を取りイブを創ったと伝えられていますが、「コース」が指摘しているように、アダムが眠りから覚めたことはどこにも書かれていない、つまり、知恵の木の実を食べて楽園から追放されたというのは夢の中の出来事なのです。わたしたちは、まだ、この夢(幻想)を見続けています。

“The world has not yet experienced any comprehensive reawakening or rebirth.”

ここの”comprehensive reawakening or rebirth”ですが、”comprehensive”は、すべてを含むという意味に解釈しました。わたしたちがみな再び目覚めた(再び生まれた)なら、この幻想の世界は消滅します。reawakening、rebirthとどちらにもre-の接頭がついているのは、本来の完全で満たされた実相で再び目覚める、誕生するという意味があるのだと思います。ただ、投影や誤った創造を続けている限り、それは不可能です。この世界は、わたしたちの投影で作られている幻想だからです。

投影を続ける一方で、わたしたちには、まだ拡張する力(本当の創造する力)が内在しています。”this is your only choice”で、実際には、これ(創造)しか選択できないとあります。その理由は自由意志が与えられているからなのですが、矛盾しているように見えますよね。先述の真実でないことを信じるか信じないかの選択と同じレベルの自由ではないかと思います。一方は真の創造で、もう片方は虚偽の創造(投影)。どちらを選択するのも自由だけれど、結局、真の創造が喜びをもたらすことに気づき、そちらを選ぶことになるのでしょう。

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