人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章V節6:マインドだけが学ぶことができる

It should be emphasized again that the body does not learn any more than it creates.

As a learning device it merely follows the learner, but if it is falsely endowed with self-initiative, it becomes a serious obstruction to the very learning it should facilitate.

Only the mind is capable of illumination.

Spirit is already illuminated and the body in itself is too dense.

The mind, however, can bring its illumination to the body by recognizing that it is not the learner, and is therefore unamenable to learning.

The body is, however, easily brought into alignment with a mind that has learned to look beyond it toward the light.

「コース」の肉体の捉え方がはっきり示されています。肉体は創造もしなければ、学ぶこともありません。マインドの学習の道具としてマインドに従うだけです。言い換えると、マインドの状態を表現して見せてくれるのが肉体であるということにもなります。

でも、仕切っているのはマインドです。肉体はマインドの言う通りにする。病気になったりするのもマインドに従っているわけですが、これを“self-initiative”として肉体が自主的にそういう状態を起こしていると信じれば、肉体は学習の手助けにならず、妨げになってしまいます。

Only the mind is capable of illumination.

マインドだけが光り輝くことができるというのは、マインドだけが学ぶことができるからです。スピリットはすでに光明化されているので学ぶ必要はありません。肉体はそれ自身が濃厚過ぎて光り輝くことはできず、学ぶことはできません。

これをしっかりわきまえ、本来肉体の本質でないことを肉体に課せようとさせなければ、肉体を解放し、光をもたらすことができます。

肉体が病気を起こしたり治したりすると見る代わりに、“look beyond it toward the light”で、肉体を越えたところにある光の方を向くことができるようになれば、肉体をマインドに同調させるのは容易であると結んでいます。

学びの道具である肉体を過剰評価せず、マインドを学ぶ位置に正しく持ってくることが大切です。そうすれば、肉体は自然にマインドと同調し、学習がスムーズに行われ、修正されるべきものは修正されるのです。

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