人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章VIII節2:裁きは神の属性ではない

The Last Judgment is one of the most threatening ideas in your thinking.

This is because you do not understand it.

Judgment is not an attribute of God.

It was brought into being only after the separation, when it became one of the many learning devices to be built into the overall plan.

Just as the separation occurred over millions of years, the Last Judgment will extend over a similarly long period, and perhaps an even longer one.

Its length can, however, be greatly shortened by miracles, the device for shortening but not abolishing time.

If a sufficient number become truly miracle-minded, this shortening process can be virtually immeasurable.

It is essential, however, that you free yourself quickly, because you must emerge from the conflict if you are to bring peace to other minds.

伝統的なキリスト教では、神は愛であるとともに正義を重んじる裁判官のような属性もあると解釈されているようで、「最後の審判」といういと、神に裁かれるイメージがあります。ところが、「コース」では、そうではないと言っています。

Judgment is not an attribute of God.

Judgment、裁きは分離の後に生まれたので、分離の前にはなかったのです。だから、神の属性ではありません。

聖書(マタイによる福音書)に、羊とやぎに区別し、罪のある方が永遠の火に入れられるという旨が記されていますが、こういう背景から、「最後の審判」は恐れられてるのですね。ハリウッドの映画でも”Judgment Day”という言葉が出てくると、何か恐いことが起こるなと思います。”apocalypse”(黙示録)も聖書から来ていて、災害など世界の終わりが来るというイメージがありますよね。

東洋でも閻魔(えんま)大王が生前の行いを裁いて、悪いことをした人を地獄に落とします。これは、どうも東西に関係なく、人間の深層心理に裁きの恐怖があるようです。

さて「コース」は、裁きを分離の後に組み込まれた”a learning device”であると見ています。その目的は有罪を言い渡すことではなくて、実在と非実在を区分することです。

この区分プロセスは、分離と同じように長い時間がかかるだろうということですが、奇跡がこれを大幅に短縮することができると説明されています。奇跡を指向するようになる人が十分な数に達すれば、”immeasurable”にスピードアップされるとあります。臨界点に達すると、一気に変わるということですね。

だからといって、何もしないで待っていないで、自分自身を恐怖から速やかに解放することが大切です。そうすることで、他の人のマインドに平和をもたらすことができるからです。

 

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