人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章VI節6:意識的に努力してマインドの指導を受ける

It is possible to reach a state in which you bring your mind under my guidance without conscious effort, but this implies a willingness that you have not developed as yet.

The Holy Spirit cannot ask more than you are willing to do.

ただマインドをイエスの指導下に置くのではなく、そうしようという意識的な努力が大切であると説かれています。そういう意欲がまだ十分でないので、発達させなければならないのです。

車の運転にしても何にしても、最初のうちは意識的な努力が必要ですね。そのことを言っているのだと思います。マインドの操縦も、これと同じです。最初は意識して努力する必要があります。

The strength to do comes from your undivided decision.

There is no strain in doing God’s Will as soon as you recognize that it is also your own.

The lesson here is quite simple, but particularly apt to be overlooked.

I will therefore repeat it, urging you to listen.

Only your mind can produce fear.

It does so whenever it is conflicted in what it wants, producing inevitable strain because wanting and doing are discordant.

This can be corrected only by accepting a unified goal.

わたしたちは、神の意志を実行することができるのですが、その強さは、“from your undivided decision”で、やろうという強い決意がなければなりません。つまり、努力が必要だということです。そのうちに、神の意志が自分の意志と同じであることに気づくときが来ます。その瞬間から緊張は起こらなくなり、楽々とできるようになると言うのです。

わたしたちは、最初のうち、神の意志とエゴの意志の両方に耳を傾け、そのために葛藤します(前段落)。マインドが”divided”の状態ですね。神の意志を実行して本来の自分を現したいけれども、エゴを手放したらどんなことになるか分からないと恐怖してなかなか手放せないのです。

でも現実は、神の意志とエゴの意志の両方に仕えることはできません。どちらか選び、他方を断念しなければなりません。そうでないと、いつまでも精神的緊張が続き、恐怖から解放されません。

実際には、神の意志を切り捨ててエゴの意志を選択することは出来ないですね。想像するだけで分かりますが、エゴの意志を選択したと思っても、どこかで神の声を聞いて心穏やかでないでしょう。やっぱり、本当の平安を得るには、神の意志を選択して、エゴの方を手放すしか道はないようです。

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