人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章VI節4:恐怖をもたらした状態について助けを求める

The correction of fear is your responsibility.

When you ask for release from fear, you are implying that it is not.

You should ask, instead, for help in the conditions that have brought the fear about.

These conditions always entail a willingness to be separate.

At that level you can help it.

恐れはわたしたちの責任だというのがこの節全体のテーマですが、恐れが起こるのは思考によってです。だから、もっと言えば、どんなことを思考するかというのがわたしたちの責任なのです。

ということで、神は、わたしたちから恐れを取り払うことはしません。でも、恐れているときに祈ると心が安らぐのは、すべておまかせの気持ちになるので、自動的に”for help in the conditions that have brought the fear about”を求めることになるのでしょう。恐れをもたらした状態について助けを求めるということですね。

それは、考え方を修正することについて助けを求めるということです。誤った考え方は、どこかで分離を選択したときに起こります。

These conditions always entail a willingness to be separate.

神から離れて自分で何とかしなければと思えば、恐れが起こります。我を捨てて、どうか正しい考え方を示してくださいと祈れば心が落ち着きますよね。おそらく、心の奥底で救われたと確信するのでしょう。

You are much too tolerant of mind wandering, and are passively condoning your mind’s miscreations.

The particular result does not matter, but the fundamental error does.

The correction is always the same.

Before you choose to do anything, ask me if your choice is in accord with mine.

If you are sure that it is, there will be no fear.

英語でモンキーマインド(monkey mind)というように、わたしたちのマインドはあちこちにさまよってくれます。それを放っておくと、遅かれ早かれ、マインドの誤った創造に振り回され、恐怖が起こります。マインドが今何を考えているか、誤った創造をする方向に行っていないか気をつける必要があります。

自分の思考を観察することを習慣にしておくとよいですね。誤った創造をする前に修正することができるから。これをするようになって、確かに、落ち込んだりすることがほとんどなくなりました。多くの人たちが、自分のマインドに振り回されて生きているのだなと思います。

自分の思考を観察する習慣をつけたら、次のステップがこれです。

Before you choose to do anything, ask me if your choice is in accord with mine.

今考えていること、選択していることが、イエスのそれと調和しているかどうか尋ねるということです。調和していると確信できれば、恐れは起こりません。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *