人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章VI節2:レベルの混同を修正する選択をしなければならない

I do not foster level confusion, but you must choose to correct it.

You would not excuse insane behavior on your part by saying you could not help it.

Why should you condone insane thinking?

There is a confusion here that you would do well to look at clearly.

You may believe that you are responsible for what you do, but not for what you think.

The truth is that you are responsible for what you think, because it is only at this level that you can exercise choice.

What you do comes from what you think.

You cannot separate yourself from the truth by “giving” autonomy to behavior.

This is controlled by me automatically as soon as you place what you think under my guidance.

Whenever you are afraid, it is a sure sign that you have allowed your mind to miscreate and have not allowed me to guide it.

レベルの混同。イエスは、これをサポートしないけれども、わたしたちの方でレベルの混同を修正する選択をしなければなりません。ここで”choose(選択する)”という言葉を使っているように、自由意志に任されています。レベルの混同をそのままにしておく選択もできるわけで、それをイエスが止めることはできません。

“insane behavior on your part”は、このレベルの混同を修正しないでそのままにしておく行為を指しています。だから、”insane”なんですね。弁解にならないわけです。行動は修正できるけれども、思考は修正できないという変な考え方を容認しているから、そういうことになるのです。”Why should you condone insane thinking?”と言っているのは、こういう訳です。

レベルの混同は、肉体をマインドのレベルに引き上げるために起こります。そのため、次のような混乱をしてしまうのです。

You may believe that you are responsible for what you do, but not for what you think.

自分の行動に責任があって、思考には責任がないと思うのです。でも、真実はその逆で、自分の思考に責任があって、行動の方は直接的な責任はありません。なぜなら、思考のレベルにおいてのみ、選択が可能だからです。

What you do comes from what you think.

行動は思考から来るので、思考を変えずに行動を変えようとするのは本末転倒なんですね。だから、あたかも行動に自主性があるように扱って、行動の方だけを変えようとしても無駄なのです。

わたしたちは、自分の思考に責任があります。「コース」では、この思考をイエスの指導下に置くように薦めています。そうすれば、行動は自動的に整ってくるのです。

最後に、恐れは、マインドの誤った創造に委ねてしまった証拠であると言っています。わたしたちは、マインドのレベルで選択できるのですが、これがなかなか難しいのですよね。だから、妄想を抱いたりして誤った創造をしては心配したり不安になったりするのです。思考は選択できるのですが、これを聖霊の指導を仰ぐようにすれば、恐怖を起こすような思考を避けることができるのです。

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