人生はいつでも変えられる!
1奇跡の意味

第1章VII節3:空想は真実を歪めて見ること

Fantasy is a distorted form of vision.

Fantasies of any kind are distortions, because they always involve twisting perception into unreality.

Actions that stem from distortions are literally the reactions of those who know not what they do.

Fantasy is an attempt to control reality according to false needs.

Twist reality in any way and you are perceiving destructively.

本節の最初の段落で、”physical impulses”が”misdirected miracle impulses”とあったように、本段落では、”fantasies are a distorted form of (real) vision”だとしています。肉体の衝動が奇跡の衝動の歪曲した形であるように、空想は視覚の歪曲した形です。

わたしたちの肉眼を通してみる視覚は”so dim”で”real vision”でないため(VII節2)、真実を歪めて見てしまいます(=空想)。本当でないもの(unreality)を知覚しているので、自分が何をしているのか分からず、反応的な行動に出てしまいます。

十字架に架けられたイエスが”Father, forgive them, for they know not what they do.”と言われたということが「ルカによる福音書」にありますが、こういうことだったのですね。イエスをはりつけにした人々は、限られた視覚で捉え、自分たちのしていることが分からない、だから許してあげるんだと。

VI節5に、 “If there is fear, it produces a state that does not exist” とありましたね。恐怖を感じれば、妄想(空想)が産まれます。そして、これをコントロールしようとしても、”You can never control the effects of fear yourself.”(VI節4)で、できません。

ここの”Fantasy is an attempt to control reality according to false needs”も、同じことを言っています。本当は欠乏などないのに、あるように見える(”false needs”)。そしてこの結果を現実と捉えてコントロールしようとするのが空想です。しかし、もともと存在しないものから出てきたものをコントロールす ることはできません。

いずれも、”vision is still so dim”なので、真実が見えず、妄想に陥るのです。”You are perceiving destructively.”です。真実を歪曲すれば、物事が破壊的(”destructive”)に見えます。だから、相手や物を攻撃する空想が生まれるのです。

Fantasies are a means of making false associations and attempting to obtain pleasure from them.

But although you can perceive false associations, you can never make them real except to yourself.

You believe in what you make.

If you offer miracles, you will be equally strong in your belief in them.

The strength of your conviction will then sustain the belief of the miracle receiver.

わたしたちは、自分の喜びが、外部の物や人、環境に結びついていると思い(”making false association”)、それを得ようと試みます。~さえあれば、自分が幸福になると思ったり、誰かが悪いことをして捕らえられるのを喜んだり(自分 が無実だと感じられるから)と、偽りの関連付けをするのです。

何であれ、自分が信じるものが、自分にとっての現実になります。だから、自分の空想することが現実に見えるのです。

ただ、これを逆転させて、奇跡に利用することができます。奇跡を施し、実践していくなら、奇跡に対する信念が確立されます。 信念が確信となり、奇跡の受け手(miracle receiver)へ伝達されます。奇跡を行じる人の(完全であるという)強い信念が、奇跡を受ける人(本来の姿)に響くという感じですね。

Reality is “lost” through usurpation, which produces tyranny.

As long as a single “slave” remains to walk the earth, your release is not complete. Complete restoration of the Sonship is the only goal of the miracle-minded.

ここは、唐突的で、前文との関連性が見えないので理解しにくいところです。V節5で、マインドが二つの主人に仕えることができず、潜在する創造力の使い道を誤れば暴君(tyranny)に支配されるという部分につながっているようです。

神の創造する権威を奪って(usurpation)、自分の創造力で個人的なニーズを満足させるなら(空想)、知覚が歪められ、暴政(tyranny)を産みます。エゴという暴君によって圧制され、それを外部に向けて他を自分の利益のために利用しようとし、奴隷にします。自分も他もエゴの奴隷になってしまうんですね。

だから、自分を含め、周囲のすべてを、エゴの暴君から解放しなければいけません。自己の欲求を満足させようという空想から解放されなければなりません。

 

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