人生はいつでも変えられる!
1奇跡の意味

第1章VII節1:歪んだ知覚が奇跡の衝動を誤った方向へ導く

Your distorted perceptions produce a dense cover over miracle impulses, making it hard for them to reach your own awareness.

The confusion of miracle impulses with physical impulses is a major perceptual distortion.

Physical impulses are misdirected miracle impulses.

All real pleasure comes from doing God’s Will.

This is because not doing it is a denial of Self.

Denial of Self results in illusions, while correction of the error brings release from it.

Do not deceive yourself into believing that you can relate in peace to God or to your brothers with anything external.

“The confusion of miracle impulses with physical impulses”の部分は、原文では”The confusion of miracle impulses with sexual impulses”となっており、編集の段階で”physical impulses”に置き換えられたそうです。ここは、性的衝動の他にも、肉体的な快楽を得たいというあらゆる衝動(食欲など)に当てはまるからです。

“All real pleasure comes from doing God’s Will”とあるように、喜びの真の根源は、神の意志を実践することにあります。神の意志とは、神に創られたままの本来の自分を表現することで、それによって神が表現されるからです。

本当のSelfは愛であり、神の意志を実践することと愛を与えることは同義です。だから、愛を与えたときに初めて、真の喜びが感じられます。

ただ、わたしたちの知覚が歪曲されて、自分を不完全で分離し、欠けるところがあると捉え、周囲の人や物にその自分の欠けたものを見出します。このため、愛を与えたいという奇跡の衝動は、自分に欠けたところがあるという歪んだ知覚のフィルターを通って、相手から奪い取りたいという倒錯された衝動になります。これが、性的欲望です。あるいは、相手を所有して自分の意のままにしたいという衝動です。

これは歪曲された衝動です。この衝動を悪いと決めつけず、誤った知覚さえ改めれば、本来の「愛を与える」という純粋な衝動に転換することができるのだと思います。本来の神に創られたままの完全で愛すべきSelfを否定するから、欠乏の幻想を持ち、何か”external”で、神や兄弟たちと関わらなければならないという思いを起こすのです。

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