人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章VII節6:すべての部分が戻るまでSonshipは覆い隠される

It should especially be noted that God has only one Son.

If all His creations are His Sons, every one must be an integral part of the whole Sonship.

The Sonship in its oneness transcends the sum of its parts.

However, this is obscured as long as any of its parts is missing.

That is why the conflict cannot ultimately be resolved until all the parts of the Sonship have returned.

Only then can the meaning of wholeness in the true sense be understood.

Any part of the Sonship can believe in error or incompleteness if he so chooses.

However, if he does so, he is believing in the existence of nothingness.

The correction of this error is the Atonement.

「神は一人の子しか持たない」というのは前段落の聖書の引用から来ていますが、そこの解釈ですね。神の創造は神の子たちで、その一人一人が一体となった”Sonship”のなくてはならない部分だから、一人でも100人でも、一万人でも、とにかく欠けている人がいると”Sonship”は完成せず、覆い隠されて(obscured)しまうのです。

そういう意味では、”Sonship”がはっきり現れているか、覆い隠されているかという、二つのうちのどちらかしかないのですね。

「神はそのひとり子にそれをお与えになるほどこの世界を愛された。それは神を信じる人々がみな亡びることなく、永遠の命を受けるためである」という聖書の引用をもう一度考えみます。

前段落で、時間というデバイスによって、誤創造が修正されるという意味のことが説かれていましたね。少しずつ譲歩しながら、最終的に譲歩をまったく放棄できるようになるところまで、時間という道具は役に立つのです。ということは、神がわたしたちに与えた世界というのは、時間のデバイスと考えることもできます。

時間によって、誤創造の修正という大きな課題が取り組みやすくなり、わたしたちがすべてに帰し、本来のSonshipに戻るのです。つまり、わたしたちが癒されるために、神がこの世界を与えたと解釈できます。

 

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