人生はいつでも変えられる!
2分離と贖罪

第2章III節5:神の祭壇に供えるのに唯一ふさわしいのは贖罪

The children of God are entitled to the perfect comfort that comes from perfect trust.

Until they achieve this, they waste themselves and their true creative powers on useless attempts to make themselves more comfortable by inappropriate means.

But the real means are already provided, and do not involve any effort at all on their part.

The Atonement is the only gift that is worthy of being offered at the altar of God, because of the value of the altar itself.

It was created perfect and is entirely worthy of receiving perfection.

わたしたちは、“entitled to the perfect comfort” ですが、これには “perfect trust”がなければなりません。全き信頼です。”Until they achieve this“の”this”は、”perfect turst”を指しています。

全き信頼を得るまでは、つまり、恐怖がなくなるまでは、外界に心地よさを追い求めます。これが”inappropriate means”です。不適切な手段で心地よさを手に入れようとするのは無益な試みになり、時間とエネルギー、創造力の無駄遣いをしてしまいます。

し かし、 “the real means are already provided” とあるように、本当の手段はすでに与えられています。本当の手段とは、奇跡と贖罪のことです。そして、私たちの方で何の努力も要らないということです。神の祭壇への捧げ物は贖罪のみで、犠牲の必要はありません。苦しまなければ救われないということもありません。

贖罪が、唯一、神の祭壇で供えるに値するものだというところですが、「神の祭壇」は第1段落に あるように、神に振り向く神聖なところです。これは、すでに完全に創造されています。だから、完全を受け取る価値があるのです。

ところが、大抵の人は、犠牲を払ったり努力をしないといけないという思いが根強くあるのではと思います。“entitled to the perfect comfort”を思い出しましょう。神は完全な心地よさを与えたいのに、わたしたちの方で神の祭壇を開けずに拒んでいるのですね。

God and His creations are completely dependent on each other.

He depends on them because He created them perfect.

He gave them His peace so they could not be shaken and could not be deceived.

Whenever you are afraid you are deceived, and your mind cannot serve the Holy Spirit.

This starves you by denying you your daily bread. God is lonely without His Sons, and they are lonely without Him.

They must learn to look upon the world as a means of healing the separation.

The Atonement is the guarantee that they will ultimately succeed.

神はわたしたちを完全に創ったので、わたしたちに信頼を置いています。それが依存しているということでしょう。ところが、わたしたちの方で、神の祭壇を開かないでいると、それが神の方で感じられます。だから、”lonly”という言葉を使っています。

わたしたちが神に依存しているのは理論するまでもありません。完全な平安が与えられているのに、日々の糧を拒めば、やがて飢えてしまいます。

恐怖も、不安も、苦痛も、拘束も、動揺も、飢えも、惑わしも、すべて分離から派生しました。分離を癒しさえすれば、完全な平安が訪れます。贖罪が分離を癒してくれます。この世界のことは、分離を癒す機会だと捉え、そのたびに神の祭壇に贖罪を供えれば、やがて完全に癒されることを保障するというのが、最後の文の言わんとすることです。

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